「星空を湛えた群青」

アークナイツ統合戦略#3の6層裏エンディング「星空を湛えた群青」の碑群。

 

 

▼テラの新生
記憶の中のわずかな断片をたどり、ミヅキは人類最後の楽園を探し求めた。
彼の記憶にある限りでは、人類はまだ絶滅しておらず、今なお大地の上にはまだ一つだけ都市が存在しているはずだった。
ゆえに人類が建てた都市へと赴くのは、人としてごく当然のことだろう。
そう思った彼は、大地の上を一人で歩き出した。
……
シーボーンは、この大地を完全に作り変えていた。
源石も、荒野も、もはや存在しない。
辺りを見渡せば、大地すべてを覆い尽くす植物たちが、溢れんばかりの生命力で成長を続けている。他方で群れを成す動物たちは、野原や空に姿を見せては、尽きせぬ大地の美食を思うがままに堪能していた。
谷川を越えて丘に登ったミヅキは、少しの疲弊と空腹を覚え、植物の果実をもいで、そのまま口に入れた。
シーボーンは食べ物の味にこだわりなどないが、その果実は本来の味を残しており、さらにはより美味しく、より満足感を感じられるようになっていた。
かつて、飢えや渇きを満たすことは、彼がその人生において追及する数少ないものの一つだった。しかし今では、ありふれた果実を口に入れるだけでその理想を叶えることができ──
その時、突然遠くから轟音が鳴り響いた。そびえ立つ山脈が、大地を歩き回り始めたのだ。
シーボーンの旅立ちは、この古代の原住民たちを眠りから呼び覚ます合図のようなものだった。彼らは、よく知っているようで馴染みのないこの大地に対して疑惑と好奇心を抱きつつ、目の前の草木や花々を観察している。
巨獣が去ったのち、ミヅキは再び都市を探す旅へと戻った。
彼はまだ、人類が仲間を識別するために用いる手段を覚えていた。人類が便利で目立つあらゆる方法を使って、区画の線引きをしたり、仲間と連絡を取ったりすることを知っていたのだ。
しかしミヅキは、歩けど歩けど「道路」を一つも見つけられなかった。
「僕の記憶違いかな?」彼は思わず自分を疑い始めた。そして頭を搔きながら、この何千年間における人類のイメージを思い起こそうとした。
しかし、彼を実験室にと連れて行ってくれた一番信頼できる人間を除けば、記憶の中に残っていたのは、あの都市を囲う防壁の朧げなイメージだけだ。
結局、彼が思いついたのは拙いやり方だった。
「こっちから見つけられないのなら、みんなに僕を見つけてもらおう。」
そこで彼は、目立つ場所に薪を重ねて火を起こしては、思い出せる限りの人間の言葉を使って友好的なメッセージを刻んでいき、焚火のすべてが目に入るような丘に登ると、呼びかけに応じてくれる人を待った。
……
そしてついに、待ち望んでいた時が訪れた。
一人のリーベリが闇夜に紛れて丘を登り、彼の喉元にナイフを突きつけたのだ。彼女は色々な国の訛りが混じったヴィクトリア語で質問を投げかけてきた。
しかし何より重要なのは、彼女が塔のシンボルの肩章を身に着けていたことだ。その下には、ある小さな文字列が刻まれていた。
幾度となくミヅキの喉元まで出かかっては消えていた名前が、突如として脳裏に浮かび上がる。
ロドス。

 

▼ロドス・アイランド
ロドスのオペレーターから渡された地図を頼りに、ミヅキは最後の都市へとたどり着いた。
かつて、シーボーンとの戦争により、人類が組織した軍隊は壊滅した。生存者は山中に防壁を築き上げ、古代文明が残した科学の力を頼りにかろうじて生き永らえており、その過程で国家、階級、種族間にあった隔たりは消え失せていた。最後の都市には国王も、大統領も、取締役も存在せず、そこにはただ人民と、彼らが構築したまとまりのない同盟だけがあった。生存をかけた問題の前には、その他のことなどすべて取るに足らないことのように思えたためだ。
しかしシーボーンがテラを飛び立った今、この都市には多種多様な組織が誕生し始めていた。その目的はおおよそ一つ……すなわち、この最後の都市を離れ、外へと開拓を進めることである。だが、「ロドス」はほかとは少し違っていた。都市内でも影響力の強い組織であるロドスは、主にほかの組織の補給線維持と医療任務を担っていたのだ。ロドスの創設者たちは、当初この都市を囲う防壁を築き上げた人々であり、人類を何千年も守り続けてきた壁は、今や人類にとって新たな故郷の礎となっていた。
ミヅキは興味深げに辺りを見回した。これから、昔の名残を見つけ出すべく「ロドス」の本部まで出向かねばならないのだ。彼はロドスの肩章をつけた人を次々と捕まえては、本部の場所を尋ねつつ、見知らぬ都市をぶらぶらと歩き回っていく。そうしてついに、移動式プラットフォームの残骸のような建物を見つけ出した。
ミヅキは少しだけ、足を踏み入れる事をためらった。入ったところで、自分に何ができるというのだろう、とそう思ったのだ。慣れ親しんでいたものは何もかも、歳月と戦争が奪い去ってしまった。あの塔のマークと、なんとなく見覚えのある移動式プラットフォーム……その二つが、彼に思い出せるすべてなのだ。
彼を知る者も、彼が知る者も、もうどこにもいない……
……
ミヅキは入口の前でしばし逡巡してから、結局「ロドス」の中へ入ってみることにした。できることなら、またこの組織の一員になりたいとも思っていたのだ。
彼に思いつく、自分にできることなど、それくらいしかなかった。
ミヅキはホールへ入っていくと、既視感のある受付カウンターを見やった。
口を開き、何か尋ねようとしたまさにその時、聞き覚えのある懐かしい声がミヅキの耳元に響いた。
「戻ってきたんだな。」

 

▼存続
ケルシーはミヅキを会議室に招き入れると、適当に腰掛けるよう言った。あれほどの月日を経ておきながら、彼女はその服装以外、少しも変わっていないように見えた。
「君の帰還は予想外だった。」ケルシーは水の入ったグラスを手に、それを十本の指でリズミカルに叩いていた。「現地において一通りの改造を終えた君が、『ファーストボーン』としてドクターを陸地へ送り返した時、私は君がそのまま星空へ上っていくものと思っていた。しかし今──君は以前と何ら変わりない様子で目の前に座り、食べ物をもてあそんでいる。」
「ねえ、これ食べてもいい?」そう言い終わらない内に、ミヅキは果実をいくつか飲み込んでいた。
「利用者なら誰でも、この部屋に置かれた食べ物を享受する権利がある。何より、それは元々君が作り変えたものだ。──今や砂漠はなくなり、気温は安定し始め、天災は消滅した。テラを楽園へと作り変えた君の功績は無視できない。」
「だけど、人類をこれだけしか残せなかったのも僕の責任だし、僕はやっぱり悪人だよ。」
「……ドクターから計画を聞いた時、私は実のところその実現性に疑問を抱いた。種族全体の延命のために多くの人々を犠牲にするなど、狂気の沙汰だ。……しかし、究極的にはそれが合理的な選択肢だったことも確かだろう。」
「犠牲になることを望む者も、死ぬ運命にある大多数に含まれることを望む者も、誰一人居はしない。」
「ゆえにロドスにできることは、事前に備えることだけだった。──スカジがイシャームラとなった時、人類の滅亡は決定づけられた。一つの集団として、我々に残された道は、この牢獄に閉じこもり、かすかな夜明けを見守り続けることのみだ。」
「ところで、ドクターはどうしてるの?」その質問を口にした瞬間、ミヅキは何て馬鹿なことを聞いたのだろうと後悔した。あのドクターにも、時間を欺くことなどできようもない。彼は内心、ケルシーが何も答えずにいてくれることを祈った。
しかしケルシーは、一切表情を変えずに口を開いた。
「ドクターは今も生きている。」
「えっ、ほ、ほんとに!?」
「我々はこの都市を建造する前に、石棺をここへ運び込んでいた。それは都市にエネルギーを供給し続けると同時に、我々に希望をもたらしてくれた人物の生命をも維持し続けている。」
それを聞いた途端、ミヅキはもはや何もかもがどうでもいいことのように感じた。椅子にへたり込む彼の顔には、満面の笑みが広がっている。
──ドクターは確かに生きていたが、「石棺」がすべての傷を癒せたとしても、老いを取り除くことなどできはしない。結局のところ、ドクターが「石棺」の中で眠りにつく時間が増えるにつれ、その生命の灯が消える日は近付いてくるのだ。
しかし、その身体に今のところ大事はないことから、ケルシーはその事実をミヅキに伝えはしなかった。
そしてまさにこの時、彼女は現実の不条理さを痛感していた。
くびきを砕いて星空へと帰るべく、人類が行ってきた努力はすべて、歴史の中に埋もれてしまった。
それどころか、かえって暴走した惑星改造計画が、人類滅亡後新たに生まれた種族に未来をもたらしたのだ。
ケルシーは、この感情を表す術をため息以外に持たなかった。
「それで、ミヅキ。ドクターが目覚めるまではどうするつもりだ?」
「どうもしないよ。ただ食べたり、飲んだり、外勤任務に出たりしようと思ってる。僕は今でも、一応ロドスのオペレーターってことでいいよね。」
「ああ。なるべく早く、宿舎とIDカードを用意させよう。」
「うん、助かるよ。」
会議室を出て街の観光に向かおうとするミヅキを、ケルシーがふと何かに思い至ったかのように呼び止めた。
「最後に一つ聞かせてもらいたい。『奴ら』は本当にすべて去っていったのか?」
「うーん……みんなが飛び立つ前に個体の分離は終わっちゃってたから、『僕』がどういう計画を立ててたのかは、自分でもよくわからないんだ。」
「そうか……」ケルシーは考え込むような表情になった。
それから幾年もの時が過ぎ、人類の領土は再び海辺まで広がっていた。
人類にとって、海はかつて降りかかった災いの源であり、すべての開拓隊は近海に防衛線を築くよう言い渡されていた。
しかしいつの時も、好奇心は恐怖に勝るものだ。
ある晴れた午後、一人の少女が、大人の目を盗んで海岸へ遊びにやってきた。
宝石のように綺麗な砂利を入念に選び抜いて、弟へのプレゼントとしてこっそり持ち帰ろうと考えていたのだ。
しかし、砂浜で探し歩く内に彼女が目にしたのは──
一輪の眠れる花だった。
シーボーンというものはもはや過去にあった悪夢でしかなく、それゆえ少女は目の前の生き物に対して一切の先入観を抱いていなかった。
彼女は歩み寄り、花びらをそっと撫でた。
すると何かを感じ取ったように花びらがゆっくり開いていき、宝石のような青を湛えた感覚器官が露わになっていく。
それは淵海のスライダーの幼体だった。
幼体は少女を見るやいなや、本能的に触手を伸ばして攻撃しようとした。
すると彼女は食べ物の欠片を差し出した。友好的なこの合図を受け、空中で静止した触手は、食べ物を絡め取って口器へと運び込む。
この瞬間、海底から星空に至るまでの大群全体が、まったく新しい見解を受け取った。
人類はもはや脅威ではない。
我々は人類と共存することができるのだ、と。